ボヘミアン・ア・ゴーゴー 後編

しゃれこうべ
癖になる話。

ここまでのあらすじ

イタリアはミラノ、サン・シーロにて、ぼくの顎が外れた。
それは奇しくも、あいつがハットトリックをきめた時間と同じだった……

リフレイン

「じゃ、いきますね」

顎が外れるという経験は初めてだからこれが正しい処置なのか全くわからないが、硬直しまくっていて手に負えない顎の筋肉を弛緩させるために、麻酔を打たれることになった。

こんな大掛かりなのか。
顎外れると。

ぐさりと腕に針を刺されると、すぐに眠くなり意識を失う。



目を覚ますと、顎が元に戻っていた。
「あっ、なおってる」
「やあ。ハマりましたよ。でも筋肉が緩んでいるから、完全に麻酔が切れるまでは口を大きく開けないでください」
「わかりました」ふぁあ……眠……「はふれまひた」
「何をしてるんだ君は」

起きてもあくびが止まらずふとしたタイミングですぐに外れ、再び眠りに落ちた間に再度はめるという非効率極まりない時間が続いた。
これじゃどうせ帰ってもすぐ外れるからということで、しばらく寝ているように言われた。
大人しくぼくは眠ったが、ウイイレがやりたいなと思った。

何時間か経って麻酔も切れたが、なぜかとられた心電図やら強力な全身麻酔などのせいで請求額は結構なものだったために、親に電話して来てもらって払った。
顎はもう外すまいと誓った。

リピート

1週間後、ぼくは近所の歯科医にいた。
顎が外れたからである。

「俺じゃ無理だし、あそこの病院に行くとえらい金かかるから、そこの歯医者行ってみろ」

と親父が言っていた。
顎が外れるたびに何万円も払わせられる親はかわいそうなので、大人しく小汚い歯医者に来たが、ぼくは憂鬱だった。

前回の経験から、どうせここでも力任せにやられるに違いないし、その結果はまらなくて痛い思いをするのだろうという危惧というか諦念を抱いていた。

一度外れると癖になるというが、本当にその通りだ。
人生で都合2桁以上は余裕で外れている。

その歯医者は今風の小奇麗な感じではなく、営業しているかどうか外からわからないようなところだったので、余計に心配だった。

「ああ顎がね。うんうん。ここ座って」

気のいいおじさん先生が、ぼくを椅子に座らせた。
ああ嫌な時間が始まる。

が、7秒後には顎がはまっていた。

「え? こんなあっさりできるもんなんですか? 前に外れたとき、あそこの病院で麻酔かけられたんですけど」
「これはまあコツがあるんだよな。慣れたらすぐできるし、慣れてないと全然できない。ただ、麻酔はいらないね」

ぼくは500円を払って帰った。

リスタート

そこからぼくの顎外れやすい人生は始まった。

サークルの合宿中、山の中で顎が外れた時はマジで詰んだと思った。
酔って歌っていたら外れてしまったのだ。
これは病院にすぐには行けない山の中で顎が外れたことを危ぶんだというより、歌っていたら顎が外れるなんてミュージシャンとして致命的すぎやしないか、という観点から凹んだ。

ちなみにその合宿中、行きのサービスエリアで財布を忘れてきていたので、既にもう自暴自棄のような状態であったのは別のお話。



バイト先の先輩たちと、タワーレコードでCDを見ていた際のことだった。

ぼくは顎が外れるという臨界点がなんとなくわかるようになっていたため、あくびなど口を開ける際はそのボーダーを越えないように気を遣っていたし、その甲斐あってしばらくは顎は落ち着いていた。
が、前回外れてから時間がたっていたので、調子に乗りすぎて大あくびをかまし、タワー店内でぼくの顎は久々に外れた。

一緒にCDを見ていた先輩二人に報告をする。
「あごはふれまひた」
「いやなんでだよ!」
うむ。なんでだよは最も正しいツッコミだと思う。

「あーやべー。どうすっかなあこれ……」
「いや、ググったらきっと解決するっす!」

先輩でありながら年下のTが、ゆとり丸出しなことを言い出す。
こちとら顎はずれたの初めてじゃねえぞ。ググって済むなら麻酔はいらねえ。いや、麻酔はいつだっていらねえ。

「あ、ほら! これやってみてくださいよ」

顎のはめ方のページがヒットする。あんのかよそんなん。

しかし問題はそこだけではない。
はめ方に正攻法があったとしても、自分でできるのかどうかなのだ。
顎が外れたときは、痛みは別にないが、関節の本来の位置から骨がずれているのが露骨に自分でわかるので、恐怖がある。
それを自分で動かすのは、どう考えても無理に感じられた。

「耳の前あたりを押し込むらしいです」

確かに、本来顎の関節がつながっているところが外れると、構造上そのあたりで骨が遊んでいる形になる。
これを押し込めば再びはまるというわけか……
そんな簡単に

「「「はまったー!!!」」」

思わず3人の声が揃う。

そのはめ方を再度検証するために、その場で再度大あくびをし、顎を外した。
そして、こめかみを押した。言うまでもなく、はまった。
まぎれもなく、最短かつ最安の治療法を発見した瞬間だった。

リプレース

顎がはずれたときはぼくに相談するといい。
麻酔はなくても、きっと解決はできるよ。

いや、グーグルに訊いたほうがいいな。