アリを探せ!
誕生日にまつわる思い出。
ロフトにて
アリを飼えるキットをご存じだろうか。
高校3年生の秋。
ぼくは付属高校に通っていて大学はエスカレーター式で進学可能だった。
つまりは受験勉強もなく、ある程度もう学部も決まっていて、時間を持て余していた。
そんなだらだらライフを送っていたぼくや友人が、なんとはなしにロフトに寄り道すると、アリの飼育セットを発見した。
アリの飼育セットはいろんなメーカーから出ているが、ざっくり言うと透明のゼリーがエサと巣を兼ねていて、アリを数匹入れるだけで横から掘り進めていくのを眺めることができる、というものである。
アリに興味などなかったぼくたちだが、なぜかこの商品に全員食いついた。
「これ、めっちゃ面白くね?」
「アリの巣、見たいわ」
「いくら?」
「えーと2000円くらい……」
「うーん……」
欲しいが、しかし買うほどでもない。
高校生の2000円は大人の2万円くらいの価値があるのだ。たぶん。
ぼくらはロフトでうんうんと唸った後、結局買わずにその場をあとにした。
しかし、帰り道はずっとアリの話をしていた。
教室にて
翌日、ぼくは天才的な思い付きをする。
「クラスのみんなに『アリを飼おう!』って言って、100円ずつ集めたらいいんじゃね?」
今になるとなんてセコい作戦なんだろうと思うが、昨日ロフトにいた男どもは「おう、それだそれだ」と乗っかり、このダーティワークを実行することになった。
ポジティブな言い方をすればクラウドファンディングのはしりである。
「アリを飼うキットがあるんだけどさ、教室に置いたら面白くない? みんなから100円ずつ集めて買おうと思うんだよね」
という話をたいして親しくもないやつにも持ち掛け、なんやかんやでお金はアリの飼育セットでおつりがくるくらい集まってしまった。
みんな、すまないね。おつりで、マックにでも行こうと思っているんだ。
なんて嫌な高校生なのだろう、みたいな意見には全面的に賛同する。
さて、完全にノリノリになったぼくたちは再び放課後ロフトを目指す。
無事アリの飼育セットを購入し、その後特にやることもなかったので学校の近くの公園でだべる。
何の話をしていたかは忘れたが、YくんがKさんを好いている、みたいなのを茶化していたような気がする。
そんなこんなでわいわいやって、ぼくらは帰路につく。
電車に揺られながら考える。
「あれ、アリの飼育セット誰が持ってたっけ……」
途中下車にて
なんだかやたらと不安になったので電車を降り、Fに電話をかける。
「アリの飼育セットって誰が持って帰った?」
「え、わかんないけど。公園まで持ってたのはハルだよな」
え、わたくしでしたっけ?
「マジ? 俺? 間違いなく?」
「そう。間違いなく。持ってないの今?」
「うむ。完全に持っていない」
「なんでだよ」
「公園に置いてきたっぽいから、ちょっと今から戻ってみるわ」
クラスのみんなからお金を徴収して買ったものだというのに、その日のうちに紛失とはかなりやらかしている。
まあ100円だし、許してくれるような気はするけど。なんちゃって。
ていうか、まあ、公園にあるだろ。
……なかった。
なんでだよ!
同行メンバーに片っ端から電話するものの分かったのは「ハルが持っていたはず」ということだけだった。
やはりぼくだったか。しかし持っていた記憶はあいまいで、公園のどの辺に置いたのかもよく分からない。
結局探し回ったもののなく、誰かに拾われてしまったのだろう、という結論に達する。
性格が悪くセコく小狡いぼくは、結局クラスのみんなに謝罪することもなく、というかクラスのみんなは「アリ? 何? よくわかんないけど100円ぐらいならいいや」みたいな感じだったので誰も追及してこず、それに甘えうやむやに終止符を打ってしまったのだった。
サイゼにて
時は流れ、さらに暇になった年明け。
ぼくは誕生日を迎え、ロフトを訪れたメンバー+女子何人かのいつものグループで祝ってもらっていた。
ぼくたちはいつもグループのだれかが誕生日になるといくらかお金を出し合い、合同でプレゼントを買ってあげていたのだが、だんだんネタ切れになってきていたところ。早生まれのぼくはその中でドンケツに近い方だったので、いったいみんなは何を用意しているのだろうかと考えていた。
聡明な読者諸君にはもはや言うまでもないだろう。
彼らは、アリの飼育セットを買ってきた。
ぼくは思わず爆笑した。
使うことのなかった初代から、早くも2代目である。
これは是が非でも面白いアリの巣を描かせねばなるまい。
エピローグ
しかし真冬にアリを探してもどこにもおらず、結局アリの飼育セットは卒業までぼくの家で眠ることになった。
そのあと暖かくなったころにアリを飼い始め、誕生会メンバーに写真付きで報告をした。
しかし、途中で巣がカビだらけになったので、捨ててしまった。
ロフトに行くと、今でも必ずこの思い出が頭をよぎる。
今月は誕生日なのだ。