森博嗣『女王の百年密室』感想(若干ネタバレあり)

女王の百年密室
今までのミステリ観が揺さぶられる。

あらすじ

2113年の世界。小型飛行機で見知らぬ土地に不時着したミチルと、同行していたロイディは、森の中で孤絶した城砦都市に辿り着く。それは女王デボウ・スホに統治された、楽園のような小世界だった。しかし、祝祭の夜に起きた殺人事件をきっかけに、完璧なはずの都市に隠された秘密とミチルの過去は呼応しあい、やがて――。神の意志と人間の尊厳の相克を描く、森ミステリィの新境地。


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この設定が、まずめちゃくちゃ面白い。
ぼくの今までの経験の完全なる外からきた。

近未来的ガジェットの数々(意外と携帯電話に相当するものは出てこないが、何か意図があるのだろうか? ちなみにカラオケの映像では、古さが出てしまうのを避けるために見た目の移り変わりの激しい携帯電話は映さないらしい)や、ウォーカロンと呼ばれる高度なAIを持ち自立行動するロボット(ロボットという呼び方は作中で「古い」とジョークにされている)、個人でもジェット機で移動する世界経済。

単純にSF小説としてこのパッケージはかなり魅力的であり、また森博嗣の理系っぽさ(ぽさというか本分なのだが)が存分にちりばめられている。

ミステリとして

単なるSFではなく、当然ミステリの側面を持っている。

世界からの干渉を避け独立した文化を形成する街の中で、殺人が起きる。

基本的なミステリの流れとしてはその犯人を捜すのが順当なのだが、そこは森博嗣らしさか、あまり重きを置かれていない。

街の住人は独自の宗教観(宗教というと重くなるし作中ではそう呼ばれていないが、適切な言葉を思いつかない)として、死をあまり恐れていない。死を「永い眠」と呼び、冷凍保存して科学で蘇生をする未来を待つ(2113年時点では蘇生術はないことになっている)。
なので、街に医療機関はない。治療をしてまで延命しないのだ。死ぬ=最悪の出来事という意識が特にないので、逆説的に人を殺すという発想もなく、街ができてからの100年の間に殺人が起きたことはなかった。

その街で、殺人が起きる。しかし、冷凍保存すればよいとみんな考えているので、外の世界から来た主人公ミチルだけが「いやいやあんたら何言うてますのん。解決せなあかんやんけ」となる。

事件なのに事件扱いされないギャップが面白いし、ミチルと住人たちが全然噛みあわないので、殺人事件以外のところでどんどん謎が出てくる。つまり、そもそもこの街はなんなのか? だれが何のために作ったコミュニティなのか? という部分だ。
殺人事件自体よりもそこが詳らかになっていく過程と、ミチルの生い立ちがこの作品の読みどころといえるだろう。

キャラク

ミチルとミチルについて歩いているロボット、ロイディ
この二人のやり方がさながら漫才のように軽妙である。

ロイディは機械なので、感情を持っていない。だから、私情を挟まない。
なのでミチルが訊いたことには正確に答えるし、データがなくwebにアクセスしても判断しかねる場合は「不確定だ」と言う。

ミチルは気分屋なので、時々「そういう答え方は気に入らないな」みたいなことを言ってロイディに八つ当たりをする。
ロイディは、統計的に不機嫌な人間には敬語を使って接したほうがなだめやすい、というデータを持っているので、急に丁寧な喋り方になったりする。
それは感情によるものではないのだが、ロボットがごまをすりだしたように見えるので、変な味わいがある。

その他のキャラたちも非常に面白い。
中でも、森博嗣といえば、のあの人を彷彿とさせる女王デボウ・スホとか。まあずいぶん穏やかな人格なんだけど、どことなくあの人に似ている(百年シリーズも他シリーズとのリンクがあるとかないとか。『女王の百年密室』を読んだ段階では独立した物語に感じたので、他の森博嗣の作品を読んでいない人もご心配なさらず)。

読むべし

ぼくがミステリでつまらないと感じるのは、トリックのために物語を作ったために、人物や背景がおまけ程度にしか活きていないパターンである。
この作品においてその心配は皆無だ。

ミステリファンも、そうでない人も、まるで映画のような躍動感ある世界にきっと入り込めるものだと思っている。