胸に鳴り響くティンパニー

アイネクライネナハトムジークの楽譜
ささやかでも、物語は続く。

カンバセーション

「やっぱりさ、新聞部とかパソコン部とか、そういうところにいた人って、あんまりいい言い方じゃないけど、クラスのヒエラルキーでは下の方だったわけ。でさ、漫画なんか描くのは、大体がそういう下の方の人でさ。なんとなく目立つグループイケてるグループに所属している体育会系に、引け目を感じるんだよ」

漫画家である友人Sはそんな話をする。
漫画家同士のコミュニティでは、プライドや世間体や上辺だけの付き合い、そんなどろどろしたものが結構あるらしく、そこに疲弊するという。

そういうときに、「文化系とは馬が合わない」と思うそうだ。

「あんまり、俺、体育会系とか文化系とか考えたことないな」
「ほーお?」
「野球やってたけど、そのあと帰宅部だし、バンドやってたし。仲いい奴サッカー部ばっかだし。俺自身どちらとも言えない感じじゃん」
「なんだ、それは。『体育会系文化系どちらとも仲良くできる社交性を持った俺どーよ?』か?」
「別に、そういうんじゃねーわ」

ぼくからすれば漫画家という職業で飯を食っているという時点でもう充分、と思うのだけれど、しかしSは自己肯定感が低い。

「イケてないグループとつるんでたらイケてない奴だと思われるかもしれない。と、計算している自分がとても嫌だ」

カンバセーション2

アニメや漫画は確かにオタク文化ではあるが、10年前と今ではオタクという呼称も随分イメージが違うはずだ。

チェックシャツにだぶだぶのジーンズにチャンキーなスニーカーにもっさりした髪型、そんなステレオタイプなルックスに対し「オタクっぽい」と表現することはある。それは単純に分かりやすい言葉だというだけで、実際のオタクがそんな感じなのかといえば、昨今はそうでもない。
ちょうど、細身の服にレザージャケットを合わせたら「ロックっぽい」と言う感じに似ている。実際のロッカーがみんなそんな服を着ているわけではないが、アイコンとして理解はできる。

今どきオタク文化に偏見があるような(と言っても、ぼく自身アニメには全然詳しくない)人の方こそ、感度が低く枯れている。
と、ぼくは思うけれど。

それについて、Sいわく、〜30歳と40歳〜では大きな認識の差があるらしい。

「30歳くらいの人は『エヴァ観てる』って言っても『へー』って感じじゃん。エヴァぐらい普通っていうか。常識の範疇というか。おっさんおばさんはそういうのまるっと込みでアキバ系、みたいに括るわけよ」
「そういう人は、どうしたっているわな。ま、お前の漫画を読む層がそこじゃないだろうし、別にいいんじゃないの」
「うーんまあそうなんだけどさうーん」
「誰も彼もから認められようなんて、無理なんだしさ。もっと適当っていうか気軽っていうかそんな感じでやれば」
「うーんまあそうなんだけどさうーん」

Sは陸上部にいながら(つまりは、Sの言うカーストでは上位に所属しながら)、昔からこそこそと漫画を描き続け、今に至っている。
当時からSを知ってはいるけれど、漫画を描いていたことを知るのはずいぶん後の話だ。

コミュニケーション

伊坂幸太郎の『AX』について、

「ある時期から伊坂幸太郎の本はあまり好みではなくなった」みたいなことをレビューの一環で書いた。

最近は、集中して読む小説よりも、適当に読んで適当に忘れられそうな、軽いエッセイを読むことが多かった。
エッセイの中で『アイネクライネ』という伊坂幸太郎の短編は斉藤和義のために書いたものであり、それをモチーフに斉藤和義は『ベリーベリーストロング』という曲を書いた、というエピソードを知る。「アイネクライネ、読んだけど全然覚えてねーな」。

とりあえず『ベリーベリーストロング』を聴き、

とても気に入ったので、『アイネクライネ』も、というかそれが収められた短編集『アイネクライネナハトムジーク』すべてを読み返した。

いや、「ある時期から好みでなくなった」なんて、投げやりな感想だった。
とてもいい作品だったと、2度目にして思う。

大仰な展開や、目を見張るようなどんでん返しはない。
ただ、どんな人でも、苦悩があり、喜びがあり、泣きたいときもあるけれど、希望に向かっていく。そんな、劇的ではないがどこか笑ってしまうような愛おしい物語たちだ。

受け入れられるって嬉しいな!
肩の力も抜けていく
「立っている仕事は大変ですね」
やさしいねぎらいの言葉
ふいに俺は答える「でも
座りっぱなしも大変でしょうね」
自分の仕事が一番
辛いと思う奴にはならない


斉藤和義 - ベリーベリーストロング ~アイネクライネ~

いいことも悪いことも、誰の身にも日々積み重なってゆく。劇的じゃなくても。
ああ、そういえば、どの作品だか忘れてしまったけれど同じく伊坂幸太郎のキャラクターで「人生は要約できない」と言っていたな。
人生を年表にして、〇〇年 入学 とか 〇〇年 入社 とか 〇〇年 結婚 とか そんなふうにまとめていくことはできるが、本当にその人を構成しているのはそこに残らないくらいの些細な日々の出来事の方なのだ、と。

めちゃくちゃ共感するよ。

人間関係に悩んだり、仕事に悩んだり、もっと言えば人生に悩んだり、それぞれ色々あって、人に言えないものであったりする。

小さいことでくよくよ悩むな、と言うのは簡単だ。
でも、その悩みが小さいか大きいか決めるのは、外野じゃない。

自分で自分を肯定できないときに、誰かに肯定されたら、心も少しは軽くなる。
ぼくもそう出来たらいいな、と思う。

バケーション

まるで関係はないけれど、季節は夏真っ盛り、そろそろ新しい日焼け止めを買わなくてはいけない。
暑さで疲れは5割増、リュックに圧迫された背中はびしょびしょ、日焼けした鼻の頭が赤くて格好悪い。

それなのに、今年はなんだか、この暑さもそれほど嫌いじゃない。

皆さん体調にはお気をつけて。